今月23日から31日までスペインに行っていた。
今回の滞在の第一の目的は、新たに始動するEsteban Valdiviaとのプロジェクトのリハーサルであった。
更に、この短い期間中、3日間はカンタブリアの海を眺めるアストゥリアスに滞在していた。これはこのプロジェクトの、いわばデビュー公演を、地元のミュージシャンであるPablo Canalísを加えた3人編成で行うためであった。この公演は結果として大成功で、見込み100名、定員120名のところ、170名以上の観客が集まった、と主催者は喜んでいた。そんなことより僕は、まず会場(Centro de Cultura Instituto Antiguo de Gijón)の音響の素晴らしさを大いに愉しんだ。あのような会場に日本で巡り合うのは容易ではない。空間も含めて楽器なのだ、ということを痛感させられる。
ところで、このEsteban Valdiviaという男は本当に面白い。
彼はミュージシャンである。元々はプログレッシブ・ロックのドラマーであったが、今は専ら「パーカッショニストな笛吹き」(自称)であり、「ドラムは最悪な楽器だ」と言って憚らない。
また彼は考古学者であり、南米、とりわけエクアドルの海岸地域をフィールドとするプレイスパニカ時代の音楽遺跡研究者であり、人類学者でもある。そしてまた、こうした考古学者としての仕事の中で接した楽器のレプリカ製作の第一人者でもあるから、楽器製作家であり、陶芸家でもある。
その上、自分で拵えた物をどこでも売りさばくことに極めて長けた才を持っている商人でもある。(事実、数年前は露天商をやったりもしていた。)
彼は今、マドリッドに暮らし、大学の博士課程に籍を置いているが、エクアドルに家を建てている最中で、10月にはそちらに引っ越すことにしているそうだ。
そして彼はネイを吹くスーフィーである。
彼の奥様はデザイナーであり、考古学者でもあって、こちらも同様のフィールドの遺跡研究に従事し、デザインと言語学の面から紐解こうとしている。Estebanの商売には彼女のデザインが必要不可欠となっている。
という男とこれからプロジェクトを始める。
先ずは11、12月にブラジル、アルゼンチン、チリ、エクアドル、グアテマラを跨ぐツアーを敢行しようと計画中である。
僕らの音楽作りは、僕にとってすこぶる刺激的で、面白い。新たな音楽的地平を拓く道標となるだけでなく、音楽観そのものの転換すらもたらす可能性を持つ経験だ、とどこかに書いたが、これもあながち大げさな表現ではない。
先ず、たくさんの楽器をテーブルに並べる。
3,000年以上前に用いられた「Vasija Silbadora(水差しホイッスル)」のレプリカから、マヤのトリプル・フルート、アマゾンのシャーマンが用いていた人骨のケーナ、ペリカンの骨の笛、コンドルの羽軸など南米大陸を故郷とする楽器たちをはじめ、タイのケーンやトルコのネイなんかも並ぶ。僕がいつも使っているケーナをこれらの楽器と一緒に置くと、まるで西洋の楽器に見えるから不思議である。
そうして並べた楽器を一つ一つ手に取り、演奏してみる。これらの中には、すでに元々の奏法が分からなくなってしまったものも少なくない。そういう時はEsteban曰く「楽器が教えてくれるのを待つ」しかない。そもそも楽器というのは、楽器自身が鳴りたいように鳴らしてくれる人の手元に辿り着くのを、じっと待ち侘びているようなところがある。
そうしてやがて静寂を破って音が鳴り始める。小さなアパートのキッチンに森が立ち現れたりするから面白い。
楽譜など用いようがない。和音を奏でる楽器(マヤのトリプル/ダブル・フルートなど)は、その時代に生きた人々の音楽、とりわけ和声感覚を我々に教えてくれる。西洋平均律にすっかり飼い慣らされた今日の我々にとっては新たな音宇宙である。「不協和音」などという表現は、この意味で、音楽的知見の狭さを露呈するに過ぎない。
演奏し、録音する。それを確認し、練り上げて、構築していく。作曲家としての僕は、「どこに辿り着くか予想だにできない新鮮な感じを保ちたい」などと思いつきを言っては、緩やかに方向性を示してみる。そしてまた、練り上げる。
徐々に楽器の演奏は、「遊び」という元来の姿を取り戻す。楽器に誘われ、時空を旅するような感覚がある。
リハーサルの様子から、少し僕らの音楽作りの方法を説明すると、ざっとこんな感じである。
音楽は言葉にならない。言葉にならないから音楽なのである。僕らの音楽もまた、体験してもらう他ない。
いつか、このプロジェクトでの公演が日本でも実現出来たら、と願っている。
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